荒ぶる妖精さん

B'zさんと倖田さんと、アイドルと。

ずっと好きだった人の手に触れたとき

 

 

朝起きて、そばにあったB'zのツアーグッズである恐竜のタマゴ型クッションが床に落ちた瞬間、「あぁ、今日はダメな日だ…」と腹をくくった。


私はいつもそうだ。ベッドから起き上がり次にする行動がうまくいくかいかないかで、その日一日の運が決まる。朝起きてすぐ、足をぶつけた、水道の蛇口をひねるとき手がすべった、スリッパが一回でうまく履けなかった、ペットボトルの蓋を落とした。普段起こらない、「たかがそんなこと」が連続して起こる。そうするとだいたい決まってその日はうまく行かない。だからいつもは仕事に行く前の段階で、「今日はダメな日だから、あまり落ち込まないように」と自分に言い聞かせる。そして「こういう日の次の日はいいことがある」とも言い聞かせる。それは決まって、今までそうだったからだ。

 

そのクッションが落ちた日に私は、東京へ向かう予定があった。その日は私が小学生の頃から応援している倖田來未のライブがあったからだ。くぅちゃんに会える!という気持ちと、でも今日はダメな日だからなぁという気持ちが交差したまま駅へ向かった。


結果から言うと、案の定…だった。


まず、新幹線のチケットが取れない。これは三連休初日をなめてた私に非がある。そのため一本遅い時間の新幹線で向かうことに決める。時間をつぶして再び駅へ向かい、改札に近づくとアナウンスがなった。人身事故で新幹線がとまっている。最悪だ。本当に最悪だ。だが新幹線はその後無事に動き出した。そして東京駅につき、友達の家に向かうために電車のホームへ行くと、今度はその電車が遅延していた。ここまで来ると笑うしかない。

 

なんだよ、そんなに倖田來未に会わせたくないのか?
ふざけんなよ、意地でも会ってやるからな、何がなんでもライブに間に合ってやるからな!

 

友達の家に着いたころにはもう疲れきっていた。一向に来ない新幹線を待つ、電車を待つ。待つ、という行為は途端に体力も気力も奪ってしまう。まだ夕方じゃないのに体内時計は夕方になっていて、私の体はもう一日を終わらせようとしている…と感じるくらいには疲れていた。時間的には十分にライブに間に合う時間で、友達の家で少し休ませてもらった。有難い。


この私の散々な一日に対し友達は、「もう今日はゆっくり行こうよ」という言葉をかけてくれた。そうだね、ゆっくり行こう、これ以上なんかあったら嫌だし…というこの言葉がいいのか悪いのか、会場につきグッズ売り場に行くとスタッフさんの声が響き渡った。「あと30分でグッズ売り場締め切らせていただきまーす!」私がグッズを買い終わったころに来たお客さんは、グッズ列にも並べなくなっていた。こういう日は本当にこういう日なんだなぁ、と改めて学んだ。

 

ライブはこの日と翌日、2公演見る予定だった。
そう、翌日。散々な日の翌日。
「こういう日の次の日はいいことがある」この言葉はいつも通り、当たってしまった。

 

 

ずっと、ずっと彼女だけが私の憧れだった。
小学生の頃からずっと。私にとって、たった一人の人だった。
変わってゆく姿を愛し続けられる、唯一の人だった。
何があっても、いちばん好きだった。


その人の手に、触れた。
ずっとずっと好きだった人の手に触れたのだ。


ステージ上にあがれるラッキーガール・ラッキーボーイ。リハーサルの見学。本番前の円陣参加。FCイベントでツーショット撮影。何度も行って顔を覚えてもらってる人だっている。
もしかしたらきっと、他のアーティストより会える機会は多いのかもしれない。触れられる機会は多いのかもしれない。でも私は、自分の意志でそれらを避けてきた。応募できるものをあえて応募しないで過ごしてきた。
会ってしまったら終わりだ、と思っていたからだ。触れてしまったら終わりだ、と思っていたからだ。応援の仕方は人それぞれで、自分に合う距離感がある。できるだけ認知してもらいたいと近づく人もいれば、そっと遠くから応援する人もいる。それは別にどちらも間違いじゃない。ただ私の場合は、憧れの人には雲の上の存在でいてほしい。会う、ましてや触れるなど、あってはならない。そう思っていた。


だけど最近になって後悔したくないという気持ちが芽生えてしまったのだ。引退、解散。あくまで私の感覚だが、それらを目にする機会が去年や今年に入ってからぐっと増えた気がする。それらを目にするたびに、後悔したくないと思うようになってしまった。だって、終わったら、終わりだよ?あっちが終わりを選んだら、こっちだって終わり。引退でもしたら、もう二度と見れない。見たくても見れないんだよ。好きでも、どうしようもないんだよ。

 

だったら、チャンスが来たんなら、掴むしかない。
そのチャンスを見過ごすわけにはいかない。

いや、これはきっと事故だ。座席運が良かったという、ただの事故。

 


これが最初で最後だと思いながら、
伸ばしてくれた手に、私も手を伸ばしました。

 

不思議だけど涙は出なかった。
思ってた以上にずっとやわらかくて、あぁ優しい人の手だと思った。
そして、母の手だとも思った。
死ぬまで覚えておかなきゃと思った。


あの小さい手のひらからほんの数秒伝わったのは、一体なんだったのだろうか。勇気をもらった?生きるパワーをもらった?私は違う。倖田來未を好きという事実を、倖田來未本人に肯定してもらえたような気がした。ただそれだけだった。あぁ、私は肯定してほしかったんだなと気づいて、なんだかどうしようもないなと思い笑ってしまった。

 

 

ずっと好きだった人の手に触れたとき私はどうなるんだろう?と思っていたけど、たぶん別に変わらなかった。これからもずっと好きで、憧れで、雲の上の人。ずっとずっと追い続ける人。

 

私にとってのあなたの価値は、一生変わることはない。

 

くぅちゃん、ありがとう。
最悪な日の翌日を、最高の日にしてくれて。